スクラムユニオン・ひろしまの歴史

スクラムユニオン・ひろしまの歴史


 スクラムユニオン・ひろしまの前身は、広島市資源選別センターの一部である西部リサイクルプラザにおいて結成された労働組合です。1995年の設立当初は、わずか数人のメンバーから始まりましたが、さまざまな闘争と試練を乗り越え、組合員数が30人に迫る中、組合の存続を危うくする危機に直面しました。

 2001年、事業主が落札した契約企業は、組合を解散させる目的で、組合員および疑われた労働者全員の継続雇用を拒否しました。これに対し、私たちは怒りと正義感に基づき、ピケットストライキを断行しました。

 この行動はテレビや新聞で大きく取り上げられ、多くの励ましと支援を受けました。その後、地域の労働者からの相談や支援要請が相次ぎ、私たちは地域ユニオンとしての活動を開始。名称も「スクラムユニオン・ひろしま」と改め、企業内組合から地域ユニオンへの発展を歩み始めました。特に、外国人労働者の加盟率が高いのも、この闘いを通じて築かれた絆の結果です。

 2008年のリーマンショック以降、大規模な「派遣切り」が相次ぎ、労働者は職と住まいを失い、路上に放り出されました。現在も多くの労働者は、不安な未来を抱えながら、必死に生活を続けています。アルバイトやパート、契約社員、派遣労働者といった非正規雇用は2000万人を超え、全労働者の半数に迫ります。その中で、年収200万円以下の「ワーキングプア」と呼ばれる労働者も1000万人を超えています。

 私たち「スクラムユニオン・ひろしま」は、こうした非正規労働者や中小企業の未組織労働者を組織化し、労働者間の階級的な団結を築くことを目指しています。私たちは、この理念を、「労働運動に哲学を!」というスローガンに込めています。働いても生活できない社会は異常です。私たちは、労働者の権利を守り、人間らしい暮らしを実現する社会をめざして、力強く奮闘していく決意です。

2022年11月に出雲に新たに事務所を開設し、特にブラジル人労働者の組織化に力を入れています。出雲村田製作所で働くブラジル人労働者を中心に、家族も含めて、島根県内には約4,000人のブラジル出身者が生活しています。
遠く地球の反対側から日本に来た彼らは、言語や文化、生活習慣の違いに戸惑いながらも、一生懸命に働き、日々、私たちと同じように生活をしています。同じ労働者として、国際的な精神を持ち、互いに団結して共に歩んでいきたいと考えています。

スクラムユニオン・ひろしま